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東京高等裁判所 昭和26年(う)387号 判決

控訴人 谷村区検察庁検察官事務取扱 検事 磯山利雄

被告人 高野定雄 弁護人 中川兼雄

検察官 田中良人関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年に処する。

但し原審における未決勾留日数中六拾日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

谷村区検察庁検察官事務取扱検事磯山利雄の控訴趣意は別紙本判決書末尾添付の控訴趣意書記載のとおりでありまたこれに対する弁護人中川兼雄の答弁は同末尾添付の答弁書記載のとおりであるから当裁判所はこれ等に対する判断を次のように説示する。

控訴趣意第一点について

原審において取り調べた本件被害者高部政光に対する司法警察員作成の告訴調書並びに当審において事実取り調べの結果就中当審受命判事の検証調書、同証人高野くら及び同高部政光に対する各尋問調書を綜合すると右被害者高部政光は所論のように被告人と従兄弟の関係にあたる親族ではあるが当時山梨県南都留郡谷村町上谷七百四十五番地所在の被告人方の一室を間代一ケ月金二百円にて借受け特に被告人方と区劃を為し諸物資の受配、炊事、起居等全く別個に生活をしていたことを明認することができるから右が同一家屋内において居住していたからというてこれをもつて刑法第二百四十四条第一項前段に該当する所謂同居の親族と為すことはできない。従つてこの点に関する弁護人の所謂同居の親族についての主張は到底採用することはできない。然らば原審が本件公訴事実全部を認容しながら被告人と右被害者とは同居の親族であると速断し前記法条を適用して斯く刑の免除の言渡をしたのは検察官所論のように明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の適用を誤まつた違法があると為さざるを得ないから爾余の控訴趣意について判断を俟つまでもなく既にこの点において刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則り原判決を破棄するを相当とすべく該論旨は理由がある。但し当裁判所は同法第四百条但し書に該当する場合と認めるので直ちに更めて本件被告事件について判決をする。よつて按ずるに

被告人は

第一、昭和二十五年九月二十九日頃当時山梨県南都留郡谷村町上谷七百四十五番地高部政光方において同人所有の現金百円を窃取し

第二、同年同月十七日頃右同所において同人所有の黒地オーバーコート冬背広上衣、同チヨツキ各一着を窃取し

第三、同年同月十七日頃右同所において同人所有の精米約一升を窃取したものである。

以上の事実は

一、高部政光に対する司法警察員作成の告訴調書

一、志村茂に対する司法警察員作成の第一回供述調書

一、当審受命判事の検証調書

一、当審受命判事の証人高野くらに対する尋問調書

一、当審受命判事の証人高野政光に対する尋問調書

一、被告人の原審公廷における供述

を綜合考敷してこれを認定する。

なお被告人は昭和二十一年二月八日東京区裁判所において窃盗罪により懲役弍年六月に処せられ該刑は当時その執行を受け終つたものでこの事実は被告人に対する司法警察員作成の第一回供述調書によつてこれを認める。

法律に照すと被告人の各窃盗の所為は刑法第二百三十五条に各該当するところ前示前科があるので同法第五十六条第一項第五十七条を適用して累犯の加重を為しなお右は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条を適用して犯情の重い右第二の窃盗罪の刑に併合罪の加重した刑期範囲内において被告人を懲役壱年に処すべく但し同法第二十一条に則り原審における未決勾留日数中六拾日を右本刑に算入し訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り全部被告人をして負担せしむべきものとする。

よつて主文のように判決をする。

(裁判長判事 小中公毅 判事 細谷啓次郎 判事 河原徳治)

検察官の控訴趣意

一、原判決はその理由において「被告人と被害高部政光とは従兄弟の関係があり且同居して居るので右は刑法第二百四十四条第一項前段列記の者に該当する」と認定刑を免除したが然し乍ら原判決認定の基礎とした証拠は勿論原審に現はれた全証拠を綜合して見ても被告人と被害者高部政光とが同居の関係にあるとは認定出来ない。被告人と被害者高部政光とは従兄弟の関係で同一棟の家屋に居住して居た事は明らかであるが被告人は独身者で母及弟妹と生活して居り被害者高部政光は妻子があつて被告人方の一部(機織工場を居間に改造した室)を間借して居るものである。(記録第三十二丁被害者の供述調書並記録第七十一丁裏被告人供述調書)被告人方と被害者方との間には土間を隔てゝ居り、戸籍上は勿論、諸物資の受配、炊事、起居、其の他全然別世帯である。右の事実は被告人並に弁護人も認めて居るものであつて「アパート」の経営者対借家人関係と同視すべきである。

刑法第二百四十四条第一項に所謂同居とは同一家屋の中に同一世帯で生活するものと解すべきで世帯を別にし判然と区切られた居室に全く別会計を以て生活する者をも包含するものと解釈して同条を適用したのは、同居の意義を甚だしく広義に解釈したもので法令の解釈を誤つて適用した違法がある。

二、原判決は簡単に被告人と被害者とは同居の親族であると認定されたが、その根拠は被告人の「(被害者の家と被告人の家とは)同じ家であります」(記録第二十九丁)との供述によつたもので被害者の「被告人高野定雄の家に間借りをして住んでゐるのであります」(記録第三十二丁)及被告人の「高野は私方に間借りして」(記録第七十丁表)なる旨の供述を排したものである。乍併同居して居ることゝ間借りして居ることゝは全く別個の観念であつて荀も検察官が同居でないとの見解に立つて公訴を提起した本件について間借りが真実であるかの点につき現場検証、証人取調等の方法によつて其の真相を究明することなく、被告人の供述のみを措信して判断を為したことは審理不尽のそしりを免れない。

右二点は孰れも判決に影響を及ぼす法今違反であるから原判決を破毀相成り度い。

(弁護人の答弁は省略する。)

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